合気道の極意。
今日出会った言葉。
武士道の言葉に背筋がピンと。
このブログに、今日は要約を書き記してみます。
ご参考になれば幸いです。
きっかけは、下記の本を読んだことがきっかけです。
一人の日本人として、呑気に忘れかけた何かがあったように思ったのです。捨ててきたものを思い起こす時間でした。
↓
***********
「合気道開祖 植芝盛平」
合気道とは、敵と戦い、敵を破る術ではない。
世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である。
合気道の極意は、己を宇宙の動きと調和させ、己を宇宙そのものと一致させる事にある。
合気道の極意を会得したものは、宇宙がその腹中にあり『我は即ち宇宙』なのである。
私はこの事を武を通じて悟った。
敵が『宇宙そのものである私』と争おうとする事は、宇宙との調和を破ろうとしているのだ。
即ちわたしと争おうという気持ちを起こした瞬間に、敵はすでに破れているのだ。合気道は無抵抗主義である。
無抵抗なるが故に、はじめから勝っているのだ。
邪気ある人間、争う心のある人間ははじめから負けているのである。
では、如何にしたらその邪気を払い、心を清くして、宇宙森羅万象の活動と調和することができるか?
それにはまず、神の心を己の心とする事だ。
それは、上下四方、古往今来、宇宙のすみずみにまで及ぶ、偉大なる『愛』である。
『愛は争わない』『愛には敵がない』何ものかを敵とし、何ものかと争う心は既に神の心ではないのだ。
これと一致しない人間は、宇宙と調和できない。
だから、武技を争って勝ったり負けたりするのは真の武ではない。
真の武はいかなる場合にも絶対不敗である。
即ち絶対不敗とは、絶対に何ものとも争わぬ事である。
勝つとは己の心の中の『争う心』に打ち勝つ事である。
与えられた自己の使命を成し遂げる事である。
************
↓
親友の叔父様(94歳で死去)が、中村天風さんと植芝さんの話しをしていました。
そんな昔のサムライの時代ではない近代の日常にあった話です。
この「もの、こと、ひと」ブログは、もの、こと、ひととの何らかの出会いから得たことを書いてみようと始めました。
この記事は作業効率化の助けになるきりんツールのAIによる自動生成機能を利用しています
コメント